弊社アドバイザー、市田佳寿浩選手引退。

ニュースで見た瞬間絶句。選手誰もが訪れるとき。度重なる落車のけがで最終決断。

絶句とはこのことです。「えっ」といって固まってしまいました。皆さんご存知の通り、競輪学校在校一位の成績で華々しくデビュー。その後の活躍は皆さんの記憶と記録で見たままの成績。

2010年、脇本ー村上義ー市田のラインで、寛仁親王牌の決勝。脇本選手の先行、村上選手の番手発信を見事差し切り、悲願のG1制覇。祝勝会にも行かせてもらいました。

2006年のサマーナイトフェスティバル優勝、2010年の西王座決定戦も優勝。記念競輪は地元優勝を含め数多くの優勝。

通算優勝回数65回、通算1679走で1着は451回で優勝は65回。通算獲得賞金額は8億3238万852円。

どっからどう見ても、押しも押されぬ一時代を築き上げた大選手です。

しかしながら、落車とケガで泣かされ続けました。何度も落車で大けがをして、長期欠場。そして復活の繰り返し。また復活してから必ず一線級にカムバックし「不死鳥」と別名が命名されています。

「不死鳥」は、福井の大幹線の道にも命名されている通り、福井のシンボルです。まさしく福井の不死鳥は市田佳寿浩です。

しかしながら運命は冷酷。決定的な怪我が、2017年3月17日の第1回ウィナーズカップ(高松)初日第6レースで落車し、右股関節脱臼骨折、右大腿骨粉砕骨折という選手生命を脅かす大怪我を負う。

その前は僕の記憶では、どこかの記念の二日目優秀競走で、バックストレートで金網まで持って行かれて落車して肺気胸になり、生死をさまよって師匠の野原さんが急遽向かっていったという話も聞いています。

とにかく大きなけがに泣かされました。競輪では仕方ないのかもしれないですが、本当に落車の大けがは何度もありました。そして9月の和歌山競輪に手落車し、大転子の骨がはがれるという事態に。

今後の人生も考慮しての決断です。ただ奈良競輪の近畿プロ選手権の後にラストランをしているので、日常生活には問題ないのが本当に良かった。

市田選手の本当の道はここから!抜群の指導力、洞察力!!
特に高校や大学で自転車競技に力を入れたい学校は絶対、市田さんを監督として招聘すべき!!

上を見ると、エリート街道まっしぐらの選手ですが、本当にこれよりすごいのが指導力、洞察力です。

直近の指導での成績ではご覧の通り。柳原選手はガールズ競輪選手でデビューし競輪学校在校一位。

市田選手の息子さん市田龍生都君は高校二年生。ペドロドームでは1000mタイムトライアルで1分3秒もたたき出しています。

1分3秒は新田選手が全プロで優勝するタイム。それを高校2年生でたたき出しています。

息子さんの話は市田選手からずっと聞いていました。「あいつは天才や!あいつはすごい!!」

もちろん子供もすごいんですけど、市田選手の指導力、モチベーションの上げ方、洞察力、自転車の機材、近くに競輪場がある、プロとしてのエッセンス、様々なものが熟成されての結果です。

 

 

 

 

 

 

 

そしてその息子さん抜群な成績が決め手となり、福井国体福井県優勝で、天皇賜杯の受取人は、息子の市田龍生都君に!!

もちろんこれだけではありません。競輪JPの弟子欄は空欄ですが、独立リーグ上がりの、小森 貴大選手も弟子のひとり。今期S級点を確保している状況。

来年7月からのS級入りが、有力視されています。

こんな話もありました。福井の競輪選手奥出健士郎選手と練習しているとき。「よし、奥出ハロン(200mFD)を測ってみろ」とハロンを測ると12秒フラ。

奥出選手も悩んでおりまして、体調もいいし、なんで出ないんだろうと悩んでいます。

そこで市田選手。「ハンドルをこうもて!」→「いい感じだ」→「ここをこう言うイメージ」。2・3点アドバイスしました。

そしてもう一回測ろうとハロン。そうすると11秒3!!たぶん動力の矢印の方向がおかしくて、その方向は市田選手は完全に見えるから、そこを修正するとすぐにタイムが出たというのが僕の推測。

市田選手自体はバリバリの筋力を持っているとかそういうタイプでなく、自転車前に進む、物が前に進むというのを広く見識を持っているから、そのようになったのだと思います。

中・高校生はは、ほぼ指導者で、その選手の競技力は変わります。理由は中高校生はそこまで考える力と知識を持っていないから。

youtubeで研究しても、若い選手が見ると、どうしても力に頼りがち。

力とは、自分から出す筋出力と、重力や慣性、力の伝わり方を全体的に見ないといけません。そこのバランスを知っているのが市田選手です。

市田さん自身も、指導者の道を熱望しています。実際指導して強くなる姿を見るのがとても楽しいと、何度もおっしゃっています。そして実際強くなり結果は御覧の通りです。

選手をやめても市田さんは43歳のバリバリの働き盛りです。これからの道もすごいことになるだろうと確信しています。

23年間の競輪生活、お疲れさまでした!これからもどうぞよろしくお願いします。